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鳥取地方裁判所 昭和42年(行ウ)1号 判決

原告 市谷嘉男 ほか一名

被告 広島国税局長 ほか一名

訴訟代理人 平山勝信 ほか五名

主文

一、被告鳥取税務署長が昭和四〇年八月三一日付で原告市谷嘉男に対しなした同原告の昭和三六年度ないし同三九年度分所得についての重加算税の各賦課決定のうち審査裁決によつて維持された部分を取消す。

二、原告市谷嘉男のその余の請求ならびに原告市谷甚衛の請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用は、原告らと被告広島国税局長との間においては全部原告らの各負担とし、原告市谷嘉男と被告鳥取税務署長との間においてはこれを七分し、その六を同原告の、その余を同被告の各負担とし、原告市谷甚衛と被告鳥取税務署長との間においては全部同原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

(一)  被告鳥取税務署長(以下、単に被告署長という)が昭和四〇年八月三一日付で原告らに対し各なした原告らの昭和三五年度ないし同三九年度(以下、本件係争各年度という)分の所得税更正処分ならびに過少申告加算税および重加算税の各賦課決定のうち審査裁決によつて維持された部分は確定中告額をこえる限度において各取消す。

(二)  被告広島国税局長(以下、単に被告局長という)が昭和四一年八月五日付で原告らの本件係争各年度分の所得税更正処分ならびに過少申告加算税および重加算税の各賦課決定に係る審査請求につき各なした裁決(ただし、原告らの昭和三八年度分所得に係るものを除く)は、確定申告額をこえる限度において各取消す。

二  被告ら

(一)  原告らの請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

(一)  原告市谷嘉男(以下、単に原告嘉男という)、同市谷甚衛(以下、単に原告甚衛という)両名は兄弟であつて、原告らは平等の権利義務の割合で、鳥取市東品治町パ一一四番地七においてパチンコ遊戯場を共同営業し、右事業所得について各自己の分を毎年申告、納税してきていたものである。

(二)  原告らはその所得につき、被告署長に対し本件係争各年度分とも各法定期間内に、原告嘉男は別表(一)、同甚衛は別表(二)の各申告額欄記載のとおりの確定申告をなし、かつ所定の所得税を各法定期限内に納付した。

ところが、これに対し、被告署長はいずれも昭和四〇年八月三一日付で、原告嘉男に対し右別表(一)の、同甚衛に対し同(二)の各更正額欄記載のとおりの所得税の更正処分ならびに過少申告加算税および重加算税の各賦課決定をした。

(三)  そこで、原告らは右各更正処分および賦課決定を不服として、法定期間内に適式の手続をもつて被告局長に対し、本件係争各年度分の所得税の更正処分および各加算税の賦課決定につき各審査請求をしたところ、被告局長はいずれも昭和四一年八月五日付裁決書をもつて右別表(一)および同(二)の裁決額欄記載のとおりの各裁決をなし、原告嘉男は同年同月二七日に、同甚衛は同年同月二〇日に各その通知を受けた。

(四)  しかしながら、原告らの本件係争各年度分の所得はいずれも原告らの申告どおりであるのに、被告らは原告らについて実在しない所得を認定し、それらに係る所得税および各加算税を賦課したことは違法であるから、請求の趣旨記載のとおりの各取消を求めるため本訴請求に及んだ次第である。

二  原告らの請求原因に対する被告らの答弁

原告らの請求原因中、(一)ないし(三)の事実を認め、(四)は争う。

三  被告らの主張

(一)  原告らは被告局長のした各裁決の取消を求め、その原因としてすべて原処分に共通の違法事由を主張しているが、裁決については原処分の違法を理由として取消を求めることは許されないから、原告らが右裁決の取消を求める部分は主張自体において失当なものである。

(二)  被告らは原告らの本件係争各年度の所得税について調査したところ、右期間中における山陰合同銀行鳥取支店の徳田晋一郎、森栄、三木雅子各名義の普通預金は、原告らが共同して経営しているパチンコ遊戯場の収入金の一部を脱漏して預金しているものであることが判明したので、右各普通預金の預入れ金額の一部を右事業の収入金であると認定したものである(なお、その際、昭和三六年分以降青色申告が適用されていたのを同年分に遡つてその承認を取消した)。

ところで、原告らの帳簿のみでは適正な所得計算が不可能な状態にあつたので、右預金のうち、事業収入金を脱漏したものと認められる預入れ額を加算し、これに同業者の平均営業利益率(所得標準率)を適用し所得金額を推計したのであつて、被告らのした処分は以下述べるとおり適法である。

(三)  被告らが、別表(三)記載の山陰合同銀行鳥取南支店の森栄、三木雅子、徳田晋一郎各名義の普通預金は仮装名義預金であつて、原告ら兄弟のものであると認定した根拠は次のとおりである。

(1)  鳥取市今町二丁目二二二番地日ノ丸証券株式会社(以下、訴外日ノ丸証券という)の現金出納簿、当座預金出納簿によれば、訴外日ノ丸証券が原告甚衛に支払つた現金、小切手(支払場所鳥取銀行本店)が山陰合同銀行鳥取南支店に別表(四)記載のとおり預入れられていること。

(2)  山陰合同銀行鳥取南支店の原告甚衛名義(原告ら共同営業の当座預金名義は市谷甚衛となつている)の当座小切手(昭和三六年一二月三〇日振出、金額一二万円)が右同支店の徳田晋一郎名義預金(預金番号五六〇五)の同日の入金一四万円のうち一二万として入金されていること。

(3)  山陰合同銀行南支店の原告甚衛と訴外市谷登美子(原告甚衛の妻)名義借入金(別表(五)の〈B〉欄の金額)を同表の〈C〉欄名義預金の〈D〉欄の金額で昭和三五年一月三〇日に支払つていること。なお、同〈C〉欄の上田茂、中川元二、田中進各名義預金は原告らのものである。すなわち、上田茂(一四〇万円)、中川元二(一二〇万円)、田中進(六〇万円)各名義預金については山陰合同銀行鳥取南支店から同人ら名義で借入れ(借入額と預入れ額は同一である)、これを別段預金(一般には支払準備として一時的に預入れられる場合が多い)とし、これら預金と三木雅子名義普通預金から引出して同表の(A)欄記載の各借入金を支払つたものであり、このことは同銀行の入出金伝票調査の結果明らかとなつたものである。したがつて、上田茂、中川元二、田中進各名義の預金も原告らのものと認められるが、右各預金については預入れの資金が借入れであるから、収入金脱漏とは認めなかつたものである。

(4)  原告らの前記借入金返済に充当された中川元二名義預金(別段預金)一二〇万円は右同支店から借入れた一二〇万円であるが、この借入金は三木雅子名義預金より昭和三五年二月一〇日に六〇万円返済し、残金六〇万円は同じく三木雅子名義預金より同年三月八日に返済していること

(5)  原告甚衛も右森栄、三木雅子、徳田晋一郎各名義預金は自分のものであると認めていること。

(6)  右森、三木、徳田各名義の仮装名義預金は、原告甚衛が、昭和三六年一〇月四日訴外松山芳太郎死亡後同人から引継いだもので、右以前は原告甚衛のものでない旨主張するが、被告らが調査したところ、訴外松山芳太郎が死亡した昭和三六年一〇月四日の前後を通じて、〈1〉右預金の引出しに用いた山陰合同銀行鳥取南支店の前記仮装名義普通預金の払戻請求書の筆跡が同一であること、〈2〉別表(四)記載のとおり、昭和三六年一〇月四日以前においても訴外日ノ丸証券が原告甚衛に、また同人が同訴外会社に支払つた現金および小切手が前記仮装名義預金から出し入れされておること、以上の点と後記別表(丁)(乙第七号証の三)の検討の結果と相まつて、右松山死亡以前から引続いて、右仮装名義預金は原告らのものであり、売上脱漏金額を預入れていたものと判断したのである。

(四)  山陰合同銀行鳥取支店の森栄、三木雅子、徳田晋一郎各名義普通預金の入金額のうち、別表(三)記載のとおり、その一部を原告らの営業収入金と認定したのは、次の事由によるものである。

すなわち、原告らの営業はパチンコ遊戯場の経営であつてその営業の性質上売上げはすべて現金で行なわれているので、小切手によるもの、借入れによるもの、証券会社から入金したもの、他の預金から預け替えによるもの等を営業収入金とは認められないものとして除外し、さらに、原告らに関係のある預金の当日ならびにその前日(前々日)の入出金状況、原告ら記帳の売上金額と右預金の入金額との合計額の状況等を総合判断しその入金の経路不明であるもの等についても、営業収入金とは認めずに除外したものである。

要するに、原告らは被告らの調査に対し極めて非協力的であり昭和三七年分以前の帳簿は焼却したとして提出せず、原告甚衛はプロ野球の賭博の収入を前記仮装名義預金に入金したものであると主張するのみでこれを明らかにする証拠書類もなく、またプロ野球は冬期は開催されていないのに、前記仮装名義預金の入金は開催期間と同じように冬期も入金されており、そこで被告らとしては、さらに銀行調査や証券会社の裏付け調査など非常に数多くの困難な追跡調査を繰り返した結果、前記認定に達したものである。

(五)  原告らの本件係争各年度分のパチンコ営業に係る所得金額の算出明細表は、別表(六)の一ないし五のとおりである。

(1)  なお、右別表(六)の一(昭和三五年分所得金額の算出明細表)の摘要欄で、「原告が申告した所得金額から逆算した収入金額七四、九九九、六八二円」と記載されているが、右金額の算定根拠は次のとおりである。

原告らの昭和三五年分営業所得について、昭和三五年一二月に原告らの帳簿を調査したことがある。その際、確認した原告らの記帳売上金額は、右同年一月から同年一一月までの合計金額が六六、五八九、一二〇円であつた。これに、右調査日現在未経過である同年一二月の売上げを被告らにおいて推計した金額八、四一〇、五六二円(昭和三五年一一月分の原告ら記帳売上金七、八三〇、五三〇円を一一月の営業日数二七日で除して得た一日当り売上金額に、一二月の営業日数二九日を乗じて得た金額)を加算して算出したものが七四、九九九、六八二円である。

その後、昭和三九年一〇月の調査時(仮装名義預金発覚時)において、昭和三七年以前の帳簿等は焼却したとして提出しないので、やむなく、右金額を原告ら記帳の昭和三五年分の売上金額として計算したものである。

(2)  また、原告らの昭和三九年度分のパチンコ営業収入金額の算定根拠は次のとおりである。

森栄、徳田晋一郎各名義普通預金は昭和三九年一〇月六日以降預入れがなくなつているが、それは当時税務官庁の職員が当該預金を調査したことを察知して預入れをしなくなつたものと認められる。しかし、原告らのパチンコ営業は従前どおり行なわれ、同業者の平均月別売上指数から検討して一〇月以降も、原告ら計上売上額は引続き過少と認められるので、別表(七)記載のとおり、昭和三九年一月一日から同年九月末日までの原告らの記帳売上金額四三、八一一、〇四六円に前記各普通預金のうち営業収入を脱漏して入金したと認められる金額一一、三四七、五〇〇円を加算した正当売上金額五五、一五八、五四六円を求め、右金額に同業者の平均月別売上指数の一〇月から一二月までの合計二九四を乗じ、同じく同指数の一月から九月までの指数合計八五一で除して計算した金額一九、〇五五、九四八円を原告らの一〇月から一二月までの正当な売上金額と認定したものである。

以上の計算により、右合計額金七四、二一四、四九四円を原告らの昭和三九年分の正当売上金額と認定したものである(ただし、課税処分は別表(六)の五記載のとおり、右金額の範囲内である七四、一八八、二四四円としている)。

(六)  原告嘉男にかかる本件係争各年度の所得税額、過少申告加算税額、重加算税額を算出すると別表(八)の一ないし五記載のとおりである。

(七)  原告甚衛にかかる本件係争各年度の所得税額、過少申告加算税額、重加算税額を算出すると別表(九)の一ないし五記載のとおりである。

なお、別表(九)の五記載の昭和三九年分の不動産所得金額は訴外田山株式会社から昭和三九年中に取得した収入金額八八、〇〇〇円に所得標準率七二・一パーセントを乗じて算出した六三、四四八円である。右不動産収入に対する必要経費は、原告が記帳しておらず不明であるから、やむなく別表(10)記載のとおり、同種所得(店舗賃貸)者の平均所得率七二・一パーセントを通常の所得率として適用し所得金額を計算したものである。右所得率は、自主的に誠実に申告された申告事績により算出された所得率であるから正当な所得率というべく被告らの計算は適正である。

(八)  原告らの備付け帳簿(昭和三五年ないし同三七年分の帳簿書類の保存はない)は、売上金額の一部を脱漏して仮装名義預金に預入れていると認められたので被告らにおいて次の(1) ないし(4) 記載のとおりの資料、方法で所得を推計のうえ課税したが、右推計の合理性・相当性を論証すれば(5) 記載のとおりである。

(1)  原告らと地理的位置が類似する鳥取県、島根県における同業種(パチンコ遊戯場経営)の個人ならびに法人のうち帳簿を備付けているもの(以下、基準者という)について本件係争各年度中の損益計算書の内容を分析、解明した結果、売上金額に対する算出所得金額の割合(以下、算出所得率という)の算術平均額は別表(甲)のとおりである。

ところで、被告らが調査したところ、鳥取市内のパチンコ営業者のうち、〈1〉本件係争各年度当時帳簿を記載していないもの、〈2〉年の中途開廃業のもの、〈3〉鳥取税務署に収支計算書を提出していないもの、〈4〉同税務署において収支計算書の保存がないもの等があり、これらを除くと基準となる業者の数が非常に少ないので、通常の平均所得率を計算するのは困難であつた。そこで、やむなく原告らと経済団を同じくする鳥取、島根両県の同種業者のうち、それぞれ所轄税務署に保存されている申告書、決算書および税務署の職員が帳簿書類を調査し作成した決議書のうち、年の中途開廃業のものを除いた同種業者の損益計算書の内容を分析解明して前記のとおり平均算出所得率を計算したものであつて、やむを得ない措置である。

(2)  原告らの本件係争各年度分の被告ら調査売上金額(別表(乙)のA欄)に前記同業者の平均算出所得率(別表(乙)のB欄)を乗じて算出所得金額を推計すると別表(乙)の〈C〉欄の金額のとおりである。

(3)  右算出所得金額から原告らの特別経費(標準外経費という)である雇人費(別表(乙)の〈D〉欄)、減価償却費(建物、同表の〈E〉欄)、支払地代家賃(同表の〈F〉欄)、支払利子割引料(同表の〈G〉欄)、娯楽施設利用税(同表の〈H〉欄)、を差引くと同表の〈J〉欄の金額(差引所得金額)となり、いずれも課税額(同表の〈K〉欄の金額の二分の一)が右〈J〉欄の金額の二分の一の範囲内であるから違法でない。

(4)  被告らが、原告らの売上金額を脱漏したと認めた金額を原告らの営業所得金額に加算し、販売原価、標準経費等の計上もれはないとすれば、その算出所得率は別表(丙)の〈C〉欄のとおりであり、他の同業者(基準者、別表(丙)の〈A〉欄)に比して著しく高率になるので、販売原価、標準経費の計上もれもあるものと認め、同業者の平均営業利益率(算出所得率と同じ)を乗じて原告らの所得金額を算出したものである。

(5)  前記の基準者について本件係争各年度中のパチンコ機械一台当り売上金額(別表(T)の〈C〉欄)に原告らの場合の利用度(同表の〈E〉)欄=右両県の県税事務所において実施している娯楽施設利用度の実態調査料によるもの、以下同じ)を乗じ、右基準者の利用度(同表の〈D〉欄)で除して得た金額(同表の〈F〉欄)が原告らのパチンコ機械一台当りの売上金額であり、これに原告らのパチンコ機械台数(同表の〈G〉欄)を乗じた金額(同表の〈H〉欄)が原告らの推定売上金額である。その平均額(同表の〈I〉欄)と脱漏売上金額を加算した被告ら調査売上金額(同表の〈J〉欄)を比較するとほぼ妥当な金額であり、右仮装名義預金の入金の一部を売上金額の計上を除外したものと認定した被告らの判断は正当である。

四、被告らの主張に対する原告嘉男の答弁

被告らの主張中、(二)は争う。

(三)ないし(五)については、仮装名義預金は原告嘉男のパチンコ営業収入に関係がないから、すべて争う。また、昭和三五年分の収入金額および昭和三九年一〇月ないし一二月分の売上推計は合理性がなく否認する。

(六)については本件係争各年度分の脱漏収入金、営業利益金、所得金額をいずれも否認し、営業利益率の根拠、合理性を否認する。

(八)の(1) ないし(3) については、被告ら調査売上金額、同業者の平均算出所得率の合理性を否認する。

同(4) については、原告の算出所得率が同業者に比して著しく高率となるので、販売原価、標準経費の計上もれもあるものと認めたというのは、いかにも根拠のない独断であり、それがために同業者の算出所得率を適用したというのも理由がないし、別表(丙)の〈D〉欄の被告らの本件課税処分における営業利益率として掲げる数字の出所、根拠も不明である。

同(5) における被告らの主張は、その考え方、方法が余りにも表面的、形式的、機械的であつて、原告の場合の現実該当性がなく、認定計算の確認方法としては妥当性がない。また、別表(T)の〈I〉欄と〈J〉欄との数宇を比照してみても、必ずしも妥当とは思えない。

五、被告らの主張に対する原告甚衛の答弁

被告らの主張中、(二)は争う。

(五)は根拠がないから否認する。

(七)については、別表(九)の一ないし五中、配当所得、その他の事業所得(外交員報酬)の各収入金額は認めるが、それらにかかる税金は源泉徴収されて納付済である。なお、別表(九)の五中、不動産所得六三、四四八円は否認する。

六、原告嘉男の主張

(一)  昭和三三年、原告嘉男はパチンコ遊戯場として自己所有の鳥取市東品治町一一四番地七所在の鉄筋建物と店内取付設備とを提供し、弟の甚衛は右店内の機械、器具類およびパチンコ玉等を整え、実際の営業自体は一切甚衛が経営し、利益は折半ということで本件パチンコ営業を開始、継続してきたものであるが、原告嘉男は営業の実務には一切関与しなかつたので、甚衛から分配される金額が原告取得分の営業利益であると信じていた。

したがつて、被告ら指摘の仮装預金があつたとしても、これについて甚衛は原告嘉男に対して未だ一度もその存在を告げたことはなく、またこれを同原告に分配すべく述べたこともなく、同原告もその存在を知らず、甚衛に対してその権利を主張したり、分配を請求したりしたこともない。このようにその金額は原告の収入となつていないものであるから、その仮装預金の故にこれを原告嘉男の収入に加算される理はないわけである。その仮装預金は全部甚衛個人が自己に権利あるものとして保留していたものであろう。

(二)  右の次第であるから、被告ら挙示の仮装預金については、もし仮にそれが本件パチンコの売上金であつたとしても、それは現実に全部甚衛の収入、所得とされているものであつて(したがつて全部を甚衛の収入、所得に加算されるのであるならともかく)、その二分の一であつても原告嘉男の収入、所得となつているものでないから、これを同原告の申告収入金額に加算して所得金額を算出した被告らの認定は誤りであり、独断といわなければならない。

七、原告嘉男の主張に対する被告らの答弁

(一)  原告嘉男は昭和三四年に創めた共同事業の開設状況に関して、同年九月鳥取税務署所属の永井事務官に対し次のとおり申し立てており、営業利益を折半しそれぞれの二分の一について分配を請求できることについては同原告も認めているとおり争いのないところである。

すなわち、共同経営者の実弟甚衛は、昭和三四年六月末ごろまで島根県周吉郡西郷町においてパチンコ遊戯場を経営していたところ、同年七月原告嘉男が鳥取駅前に店舗を新築したので、この建物を使用して兄弟でパチンコ遊戯場「銀座ホール」を同年七月二八日開店した。開業資金は原告嘉男が山陰合同銀行から鳥取市吉方二区の家屋を担保に三五〇万円借入れ、弟甚衛は信用保証協会の保証で一五〇万円借入れるとともに鳥取市吉方二区訴外五百川茂の土地建物(五百川茂は連帯保証人)を担保として四五〇万円を借入れて、これにあて、利益の分配は、損益にかかわらずこれを折半する条件で共同経営を創めたものである。

(二)  さらに、原告らは昭和三六年から三八年まで被告署長に対し青色申告専従者として原告嘉男の妻訴外市谷恭子、実弟原告甚衛の妻訴外市谷登美子を申請しており、市谷恭子は玉売り、市谷登美子は玉売りと記帳に専従している。このように出資、労務の提供等両者はほぼ二分の一あて分担し、ほとんど均等条件のもとで共同経営であつて原告ら夫婦共右事業に参画していることからみても、三四年開業以来経営に関する内部事情を単に原告らだけでなく、両者は夫婦共どもに十分知り尽していたものといえるのであつて、原告ら両者の間には、日々銀行の集金人も店舗に出入りしていたことであり、仮装預金のことをはじめ未知の事項はなかつたものと十分推認されるに足りる状況のもとに経営が行なわれていたといえる。

右のような次第であるから、被告らが脱漏所得の二分の一を原告に帰属するものと認定したことは違法ではない。

八、原告甚衛の主張

(一)  被告らは、原告甚衛の本件係争各年度のパチンコ営業による所得を決定するにあたり、鳥取、島根両県における同種業者の所得の基準率を算出し、これを同原告に適用し、その所得額を算出し決定しているが、むしろ、鳥取市の八人の同種業者の同年度における所得と対照して決定すべきものである。鳥取市には原告のパチンコ機の台数等その規模のほとんど同じ業者が存在するからである。これらの業者との所得を比較するならば原告甚衛に対する所得の決定がいかに高額で不当なものであるかが一目瞭然たらしめるのである。

(二)  山陰合同銀行鳥取南支店の森栄、三木雅子、徳田晋一郎の各預金名義が仮装であるとの点は敢て争わないが、右普通預金は賭博を業としていた訴外亡松山芳太郎が昭和三三年ごろから開設して取引していたものである。

右松山は鳥取市の菅原組に属し、二代目菅原組長を襲名した者であり、賭場を開設して賭場を業とし、その他野球、相撲等の賭事につき相当手広く主催していたものであつて、この取引上の金員を預金とするため同支店に口座を開設していたものである。

同人が昭和三六年一〇月四日殺害されるまで、同人またはその代行者によつて右預金口座を利用していたものと思料されるが、同人死亡後、原告甚衛においてこの事実を知り、引継いでその口座を利用していたものであるが、同原告においても賭博をしていたのでその賭博上からあがつた金員を右預金口座に入出したものであつてパチンコ営業上の収入を脱漏して預金として入出したものではない。

九、原告甚衛の主張に対する被告らの答弁

仮に、本件預金が原告甚衛主張のとおり賭博収入であるとしても、収入には変りはないのであるから、被告らの同原告に対する課税は正当である。

第三、〈証拠省略〉

一、原告ら

理由

一、原告らの請求原因中、(一)ないし(三)の事実については当事者間に争いがない。

二、そこでまず、原告らの被告局長に対する各請求につき判断するに、原告らが被告局長のした各裁決の取消を求める理由として原処分の違法、すなわち、原告らの本件係争各年度分の所得はいずれも原告らの申告どおりであるのに、それをこえて原告らについて実在しない所得を認定したことを主張するものであつて、裁決固有の瑕疵をいうものでないことは明らがである。

しかるに、本件は、原処分の取消の訴と裁決の取消の訴の双方を提起することができる場合であるから、行政事件訴訟法一〇条二項により、裁決の取消の訴においては原処分の違法(原処分と共通の違法)を理由として取消を求めることはできない。

したがつて、原告らの被告局長に対する請求は、その請求原因事実の主張自体失当として棄却を免れない。

三、本件係争各年度中における山陰合同銀行鳥取南支店の徳田晋一郎、森栄、三木雅子名義の普通預金(以下、本作預金という)が、別表(三)記載のとおりに各預入れられていることは、〈証拠省略〉によりこれを認めることができる。被告署長は、右預金はいずれも仮装名義預金であつて、その入金額の一部は原告らが共同して経営しているパチンコ遊戯場の売上収入金の一部を脱漏して預金しているもので、原告ら兄弟の共有である旨主張するので、検討する。

(一)  〈証拠省略〉によれば、被告署長の主張(三)の(1) ないし(4) の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  さらに、

(1)  〈証拠省略〉によれば、訴外松山芳太郎が死亡した昭和三六年一〇月四日の前後を通じて、本件預金の引出しに用いた山陰合同銀行鳥取南支店の普通預金払戻請求書の筆跡が同一であることが認められること。

(2)  さきに認定したように、別表(四)記載のとおり昭和三六年一〇月四日以前においても訴外日ノ丸証券が原告甚衛に、また同人が同訴外会社に支払つた現金および小切手が、本件預金から出し入れされておること。

(3)  〈証拠省略〉によつて明らかなとおり、本件預金は全体としてみればプロ野球の開催期間等にかかわりなく、全期間経常的に入金されている事実が認められること。

(三)  以上認定事実を併せ考えれば、被告署長が本件預金は本件係争各年度を通じて原告らのものであると認定したうえ、別表(三)記載のとおり本件預金の入金額のうち、その一部につき、被告署長の主張(四)中に記載の基準に基づいて原告らの営業収入金と認定したのは、いずれも相当であるというべきである。

そして、〈証拠省略〉によれば、原告らに対してそれぞれ昭和三六年度に遡つて青色申告承認の取消処分がなされ、右処分に対する原告らの審査請求に係る裁決で請求棄却されている事実を認めることができる。

四、さて、本件は、前記仮装名義預金の存在の故に、推計課税の方法によつているが、その適否について検討する。

思うに、申告に基づく実額課税を原則とする現行税制下において、推計課税の制度はあくまでも例外的な課税方法であり、課税当局が推計を誤りしかも納税義務者においてこれを覆すに足る資料を欠くときは実額以上の課税を甘受せざるを得ない結果となるから、事業所得金額の算定にあたり、その根拠とすべき帳簿が存在している場合には、その記帳が乱雑、不正確、虚偽等のため、それによりがたいと認められる特段の事由がない限り、これを基礎として、係争年度における取引の実額を算定すべきであつて、記帳を離れてみだりに推算の方法を用うべきでないことは勿論であるが、帳簿書類の記載全体の真実性を疑うに足りる不実記載、例えば本件のごとき係争年度における納税義務者に関する意外預金(仮装名義預金)の存在の事実がある以上、しかも他に収支関係を証する適切な資料の提出もみられない場合に、いわゆる所得標準率の使用による所得金額の推計もまたやむを得ないものといわなければならない。

五、そこで、被告署長のした推計の資料、方法が合理的であつたかどうかについて判断するに、〈証拠省略〉によれば、被告署長の採用した推計課税の資料は被告署長主張のような思考過程を経て作成されたものであることを認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はないので、被告署長の推計は一応合理的なものというべきである。もつとも、原告らはその合理性を否認するが、被告署長の主張する推計の方法、資料の合理性を上回る適正な利益率等の主張、立証は何らなしていない以上、所得税法が実額課税の方法によることができない場合には推計課税を行ない得ることとしている法意に鑑み、被告署長が本件においていわゆる所得標準率を適用し、その金額の範囲内で現実の課税処分をしたことをもつて違法と断ずることは当らないものというべきである。

六、次に、原告甚衛は、別表(九)の五記載の昭和三九年分の不動産所得を争うので判断するに、〈証拠省略〉によれば、訴外田山株式会社から昭和三九年中に不動産賃貸料として八八、〇〇〇円を取得していることが認められる。そして、右不動産収入に対する必要経費について同原告は記帳しておらず不明であるので、別表(10)記載の同種所得(店舗賃貸)者の平均所得率を適用して、所得金額六三、四四八円を算出したものであることが、〈証拠省略〉により認めることができるから、被告署長の右処分に違法な点はない。

七、また、原告甚衛は、別表(九)の一ないし五中、配当所得、その他の事業所得(外交員報酬)の各収入金額は認めるが、それにかかる税金は源泉徴収されて納付済である旨主張するので判断するに、本件係争各年度当時施行されていた旧所得税法(昭和二二年法律第二七号)九条一項本文、二二条一項本文、二六条三項八号および三〇条一項の規定に基づき、源泉徴収の対象となつた所得金額(配当所得、外交員報酬)は他の所得金額と合算して、総所得金額および課税総所得金額に対する税額を計算し、その税額から既に源泉徴収された税額を控除して、確定申告により納付すべき税額を計算することになつているのであるから、本件における被告署長の計算も別表(九)の一ないし五に記載のとおり、右所得税法に依拠して、その配当所得および外交員報酬による所得を他の所得と合算して、総所得金額および課税総所得金額に対する税額を計算し、既に源泉徴収された税額を控除して計算しているから、何ら違法な点はない。

八、最後に、原告嘉男の主張(一)、(二)について検討するに、本件預金の一部が前記のとおりパチンコ営業収入と認められる以上、その収入金額の二分の一について原告嘉男の事業収入となることは、原告らの本件共同営業のたてまえから、否定しがたいところである。また、右原告嘉男の主張に対する被告署長の答弁(一)記載の事実については、〈証拠省略〉により、これを認めることができ、同(二)記載の答弁事実のうち、原告らは昭和三六年および同三八年に被告署長に対し、青色申告専従者として原告嘉男の妻訴外市谷恭子、同甚衛の妻訴外市谷登美子を申請し、市谷恭子は玉売り、市谷登美子は玉売りと記帳に、各専従している旨の税務申告をしている事実が、〈証拠省略〉により認めることができる。

しかしながら、右認定事実から直ちに原告嘉男において前記仮装名義預金による事業収入の隠ぺいの事実を承知していたことまでも推認することは困難であり、かつ、他に右事実を認めるに足りる証拠はないから、原告嘉男に対し重加算税を賦課したことはその限りにおいて理由がなく、違法というべきである。

そうだとすると、被告署長が昭和四〇年八月三一日付で原告嘉男に対しなした同原告の昭和三六年度ないし同三九年度分所得についての重加算税の各賦課決定のうち審査裁決によつて維持された部分は取消を免れない。

九、以上の次第で、原告嘉男の被告署長に対する請求中、右重加算税の各賦課決定の取消を求める限度において理由があるので右請求を右の限度で認容し、その余の部分は失当であるから棄却することとし、原告らの被告局長に対する各請求ならびに原告甚衛の被告署長に対する請求はいずれも失当であるから棄却することとする。

よつて、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小北陽三 土井仁臣 宮本定雄)

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